Top > 灰と薔薇の夜想曲~灰の夜想曲~



灰と薔薇の夜想曲~灰の夜想曲~ 07


朝が来て、ぼんやりとポストの前に立つ。
この屋敷にきてからずっとこうしていた。
誰もいなくなったはずの屋敷に何も届かないことなどとうに知っているのに、だ。

しかし。

ポストの中から薔薇の香りがする。
慌てて中を覗くと、薔薇の添えられた手紙が入っていた。
手紙を読んで、自然に涙が零れた。
何度も何度も、一字一句忘れるまいと。涙で視界が滲んでも読み続けた。
そのうちにだんだんと思い出して来た。
俺自身が何者だったのか。
何故ここにいるのか。

「………そうか、ここは…」
最初から、俺の家で。
この屋敷の主は、俺だったのだ。
孤独に過ごしてきた歳月を呪いとし、もがいているうちに忘れてしまったのだ。
手紙を丁寧に畳み、胸のポケットにしまう。
誰にも、あの人にも奪わせない。
このままでは、俺は俺では居られなくなる。
覚悟を決めて屋敷の中に戻る。
支度をしよう。
そして、もう少し時間がかかるけれど、また会いに行こう。
頭の片隅では、手紙の返事を考えていた。
こんな余裕が生まれたのは、君に会えたからだ。
薔薇の花弁を、ゆっくりと撫でた。

******

屋敷を整え終わった頃、レルムは現れた。
恐らくは俺の動きを察したのだろう。
屋敷を直し、身を整えて待っていた俺を見て、彼は目を見開いた。
「……何をしている?」
冷たい声が降る。
正直、怖い。
それでも俺は、真っ直ぐに前を見ていた。
ポケットの中の手紙が背中を押してくれる。
背後には、幾つかの薔薇の花が飾られている。
―――大丈夫、大丈夫だ。
「俺、新しいことを始めようと思う。ちゃんと自分に向き合うよ」
言い切ったと同時に、頬に痛みが走る。
怒りと、絶望のような顔をしたレルムがすぐ目の前にいた。
絆されるな。
もう、戻れる道はない。
「…お前が求めたからこうしてやってたのに!ずっと、俺だけを見て……」
言葉が切れる。
俺はただ黙っていた。
「……最低だな、お前。二度と会うこともない」

「多分、お互い様だ」
レルムが去った扉を見て、呟いた。
それ以来、彼は本当に来なくなった。

******

手の傷も治った夜、俺は薔薇の庭園の前に立った。
薔薇たちがこちらを見ている気がする。
主に会わせても大丈夫かと、身辺のチェックをされている気になる。
不意に、薔薇の香りの柔らかい風が吹いた。
風に背中を押されるように、俺は庭園の門をくぐった。

「スーラ、君と薔薇たちに会いに来たよ。」


→屋敷の表に出る
→光差す庭園へ帰る