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灰と薔薇の夜想曲~灰の夜想曲~ 06


廃庭園を訪れてから三日が経った。
幸い、レルムさんは来ていない。
だからこそ、そろそろ来るかもしれない。
まずは1部屋ずつ、掃除をしながらどこに何があるかを確認した。
やはり、この屋敷を俺は知っている。
部屋の並び、家具や飾られた絵、小物類の配置までが頭に入っていた。
懐かしさすら覚える。
大切な場所だった、気がする。
大きく動くと傷が痛い。
布の刺激を減らそうと上半身は素肌のままで動いていた。
風を受けて、治りが早くなればとも思いながら。
「…そろそろ、シャツくらいは買い足した方がいいかもな」
数も少なくなってきた。せっかく出掛けるなら、この傷んだ髪の手入れも頼んでみよう。
それくらいの痛みなら耐えられそうだ。
スーラの髪を思い出す。光と対話するような髪。
あの美しさには敵わないだろう。ただ、人の手を借りれば近づくことは出来るかもしれない。
集めた古道具たちをそれぞれに適した場所に収めた。
万年筆には違うインクを詰め、タイプライタは直せない代わりに消えた文字に墨を入れた。
鏡と杯を磨き、香水瓶の蓋を開け、残った香りを楽しむ。
香りが消えたら救いの、薔薇の香りを入れよう。
開け放った窓の近くにコンソールを置き、香水瓶を乗せた。
人の気配がする。
顔を上げると、まだ昼にもなっていないというのにレルムさんがいた。

「……い、らっしゃい」
「何をしているんだ、これは?」
「…集めたものたちのために、掃除を」
叱られるかと思ったが、反応がない。
「誰にも見られなくても、俺には大事なものだから。俺のもとに来てくれた皆が気持ちいい場所にしたくて…」
本心を伝える。どんな目にあっても、手離したくない気持ち。
「そうか」
レルムさんの様子がおかしい。
「…椅子、用意するよ」
そう言ってレルムさんに背を向けると、背中の傷に触れられた。
痛みが残るが、それどころではないと思った。
「………ごめん……」
弱々しい声。今までに聞いたことがない。
ただ、謝るだけのレルムさん。何に謝っているんだろう。どうすれば、何が正解なのか。
「……俺は、このまま居るから。ひとまず、…落ち着いて」
レルムさんはそのまま、何度も何かに謝っていた。
やがて冷静さを取り戻し、冷たい声で言う。
「俺は今日、ここには来ていない。お前は何も知らない。いいな」
俺を見ない。見れば傷や痣が目に留まるからか。
「…分かった」
その言葉を受け取り、レルムさんは屋敷を去った。
心配だ。いつもと様子が違う。何か出来ることは……
『騙されて絆されてないか』とレルムさんの言葉が甦り、ハッとする。
もしかすると、その心配があるのは貴方に対してかもしれない。
晴れ間の見えた心の内から、薔薇の香りがした、気がする。

******

掃除が一段落した夕方、買い物とヘアサロンへ出掛けた。
美容師の腕により、俺でも少しは見映えがするようになった。
買ってそのまま着せてもらった服は、俺を『人』に見せてくれた。

薔薇の園の前を通る。
今なら、少しだけ入ることも出来るだろうか。
廃庭園の中を覗き込んだ。相変わらず、大切にされた薔薇たちが咲き誇る。
豊かな香りが包んでくれる。
こちらまで背筋が伸びるようだ。
ふと思い立ち、買ってきた袋を開ける。
取り出したのはミネラルウォーターのボトル。
優しい亡霊へ。 言葉を添えて庭園の中に差し入れた。


→屋敷の表に出る
→光差す庭園へ帰る