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灰と薔薇の夜想曲~灰の夜想曲~ 03


廃庭園の幽霊は、俺なんかにも優しく接してくれた。
艶やかに咲く幾つもの薔薇たちとその香りで迎えてくれて、温かい茶と穏やかな時間、そして優しい笑顔でもてなしてくれた。
ずっと続いてほしいと、心の底から願った。


名残も尽きないが、屋敷に戻らねばならない。
ここに咲く薔薇たちと美しい幽霊に出会い、関わって、屋敷の中を掃除したくなった。
ここに咲き誇る薔薇たちのように、愛しい物達に胸を張らせたい。
綺麗な場所を用意して、技術を学び、彼らも出来る限り修復して。
ここに負けないくらい、良い場所にしたい。
「私はスーラという、あなたから良い香りがする。まるで温められた古き良きものの香りだ…それをとても大事に愛しているのだね…もしよければだが」

帰るときに、幽霊が名を明かしてくれた。
スーラ。不思議な響きの名前だと思ったが、よく似合っていると思った。
そんな存在が、俺を美しい言葉で彩ってくれる。
大切にしているつもりのものを、認めてくれた。
目が熱い。
零れそうになるものに気づかないふりをして目をそらす。
よければ、と途中で止まった言葉が気になったが、目をそらした先に俺の姿が映り込んでいた。
……ああ、この姿では薔薇園には相応しくない。
初めて、身なりに気を使おうと思った。
「……俺はクラナ。少し先の廃屋敷に住んでいる。また…薔薇を見せてほしい」
さすがにこの姿で園内に入る勇気はもうない。
この薔薇園に出来る限り相応しい姿になろう。
それまではこの薔薇達を外から見て、自分を奮い立たせよう。
必ずまたここに来よう。
それまでに、スーラと薔薇たちに似合う如雨露など見つけてみよう。
俺は、今まで感じたことがない程の満たされた気分で帰路についた。

******

「随分楽しそうだな、クラナ?」


あと少しで屋敷だと言うときに後ろから声をかけられた。
びくりと体が跳ねる。
夢から瞬時に現実に引き戻す声。
喉が乾き、言葉がうまく話せない。
逃げ出したいのに体が動かない。
目を見開き、自分が震えているのが分かった。
「レル……ム、……さん……、何……」
「何故って、可哀想なお前が誰かに騙されて絆されてないか心配になったからだよ。
 そしたら案の定。奇跡的に誰かに見てもらえて…勘違いしちゃったんだ?」
レルムさんの声が、言葉が俺の首を生温い質量を以てゆっくりと締め上げる。
「そ……んな、………とは………」
「あるよなぁ?じゃなきゃいつも死んでるみたいなお前があんなに嬉しそうな顔をするはずがない」
言葉の一つ一つが蛇のように体を這うたび、身体中につけられた傷口が次々に熱を持つ。
「……、…………は………」
言葉を紡げない俺を見て、言い訳を考えていると感じたのだろうか。
何にせよ『言葉が出ない』のはレルムさんの理想の答えではないのは確かだ。
「また身の程を教えてやらないとな」
先程までとは真逆の冷えきった声が告げる、不可避の懲罰。
いつもながら落差に怯える俺をよそに、力任せに傷の残る手を引っ張られ、屋敷の小さな防音室に蹴り込まれた。


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