空の眼(イード&アルマ)



「今日は満月か…」
イードが窓から空を見て呟く。
それを聞いてキッチンで食器を片付けていたアルマが手を止める。


…ああ、今日もまた、空が。

アルマがまた手を動かすが、その手が小刻みに震えていた。


「おやすみ、アルマ」
「………うん」
挨拶すらも新鮮らしく、いつもなら嬉しそうに返事をするアルマが今日は何故か返事が重い。
「どうかしたか?」
心配になって尋ねる。
「え、ううん、大丈夫、何でもない…ただ、考え事してた…だけ」
いまいち大丈夫には見えない様子だが、あまり追求しても拒絶反応を示すだけだろうと思い、リビングを後にした。




…月は、嫌いだ。
いや、『嫌い』なんじゃなくて、『怖い』のかな…

アルマは一人、リビングに残り続ける。
窓のある壁を背に、部屋の隅でうずくまっていた。

空が、空の眼がずっと、オレを見てるから。
逃げないと。逃げて、見つからないように、空の眼から隠れないと…!

アルマの脳裏には自分の中の、別の自分が見た『あの日』の景色が広がっていた。
逃げなきゃ、逃げて、隠れて…見つかったら、

『僕』は、

廃棄される…!




「アルマ!?おい、聴こえるか、アルマ!!」


その声に我に返ると、イードが心配そうな顔でアルマの顔を覗き込んでいた。
「っオレ、何か変な事言ってたか…!?」
アルマが慌てて距離を取る。
人に心配をかけるのが嫌なのは昔から、生態実験に巻き込まれる前からの癖。
「…いや、何も。ただ…」

言葉を切って、アルマが目を逸らす。
それを見てイードが口を開く。
「何かに怯えてるのは分かる」
「…そんなこと……あるわけないから…っ!」
必死で返す言葉。けれどその言葉が、震えていた。
アルマの言葉を無視して続ける。
「その理由、話せる事ならその内話して欲しい…俺には、言いたくない事の方が多いかもしれないけど…」
言って、少し冷たかったかとアルマを見やる。そして気付く。
アルマが不安げに、今にも泣き出しそうな顔をしている事に。
子供の頃に表すことの出来なかった感情が、今になって出てきているように。
「…言いたいよ。オレだって言っていいなら言いたい!全部話したらイードなら良い答え持ってるかもしれない、それも分かってる!けどイードにそこまで甘える訳にはいかないだろ!」
目にたまった涙が流れる。
きっとこれが本心。恐らく、何も言わないことがアルマなりの気遣いなんだろう。
溢れてきた涙を拭うこともせず、うずくまったままこちらを睨み付けるアルマの頭に、イードは手を乗せる。
そのまま、子供を褒めるようにゆっくりと撫でてやる。
最初は何が起こっているのか分からず、警戒したままのアルマだったが、次第にその顔に反省の色が混じる。
落ち着いたところでイードが声をかける。
「…悪かった。変な言い方して」
アルマが無言で首を横に降る。
「俺が同居してるのは、お前が生活自体に不馴れだからって理由だけど、その中には一人じゃどうすることも出来ない悩みとか、そういうのを相談してくれたら、一緒に解決出来ないかと思ってるからだ」
頭に手を置いたまま、アルマの目を覗き込んで続ける。
「あの時みたいに、俺を頼ってくれたら良い。甘えてくれたら良いんだ。殺してくれって頼み以外なら、聞いてやるから」
アルマが一瞬目を見開き、俯く。
「………ん…」
そのまま、小さく返事をした。



   + + +
「…施設から逃げ出したあの日は、満月だった。オレ自身の記憶じゃなくて、別のオレがみた事だけど…」

その日、アルマは追ってくる施設の人間を振り切り、あるいは倒しながら一心不乱に逃げた。
走って、走って、走って。

ようやく誰も追ってこなくなった事に気付いたとき、自らの、返り血に染まる拘束衣が目に入った。
血に染まる白の拘束衣を照らすのは

大きな満月。

「…」
『僕』は、その月を睨み付けた。その大きな空の眼に、恐怖していたのを、必死に隠すように。

見られてる。見張られている。
逃げても逃げても、空の眼は。奴等みたいに倒して追い払うことも出来ない。
『僕』にはいつも、監視の目があった。
カメラだったり、人間の目だったりさまざまではあれど、一瞬たりとも監視の目が無くなることはない。
その眼と同じ…大きな一つ目が監視している。。
オレが何をするのか、少しでも妙な動きをすれば……



「あの日から……月はオレを監視してるみたいで…」
あの黄金色の目を見開いて、脱走したオレを探してる。
見つけてはまた、オレを監視する。
勿論、何かをされる訳じゃない。ただ、見ているだけ。
見ているだけ…それで処分命令を下された、その状況がどうしても重なってしまう。

「…月が…怖いんだ……」
俯き、小さく呟く。
その姿に、『自らの敵』を探しては『排除』していた狂った男の面影はない。
あるのは悪い夢を見て怯える子供の姿。

イードが立ち上がってカーテンを閉め、そのままアルマを呼ぶ。
「…何?」
小さくなって俯いたまま、返事をする。
「今まで長い間、お前の中で恐怖としてあったんだ。すぐに治るとは思えないけど…少しずつ、その気持ちが薄れるように協力したい。それくらい、してもいいか?」
その言葉に、ゆっくりと顔を上げる。
カーテンが閉じられ、さっきまで見下ろしていた監視の目がなくなる。
「……そんな事…これ以上は」
「お前がいいんなら、俺は喜んで協力する」
穏やかな顔。
誰かが自分に向けて、こんな顔を見せてくれたのはいつぶりだろうか。

「…ありがとう」
少し安心したような表情を見せて、アルマはそのまま疲れて眠ってしまう。
「……」
小さくため息をつき、うずくまって眠るアルマに毛布をかけてやる。
ベッドに眠るのはまだ嫌いなようで、余程体調が悪いときでもない限り、いつもこんな寝方をする。

「……いつか、安心して寝られるようになればいいな…」
それまでは、やっぱりこんな日が続くのだろう。
それでも、そんな時には。

「…少しくらい、甘えてくれれば良い。
 ……それが、」

両親の…何も知らずにいた俺の罪滅ぼしになるなら。


「…おやすみ、アルマ」




 + + + +
居候して間がない頃かと思います。
書く前はアルマがここまで怖がるとは思いませんでした…。

これからイードとか自警団メンバーの中で少しずつ成長していくことでしょう。


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